予防歯科 メンテナンス

 

初めまして歯科医師の伊賀上 洋輔(いがうえ ようすけ)です。
みかんと俳句のまち愛媛県松山市で育ち、その後長崎大学歯学部で学び、同大学病院の研修を経て、2014年春に縁あって霧島にやってきました。

人生を振り返ると、私は小学生の頃には将来子どものために働くことを決めていました。

小学6年生のある日、尊敬するT先生に「先生みたいな小学校の先生になりたい」と伝えました。喜んでくれるかなと心の片隅で思っていたのですが、先生の答えは意外にも「洋ちゃんはもっとすごいものになりなさい」というものでした。
当時の私には小学校の先生よりすごいものというのは総理大臣しかなかったので「そうか、僕は総理大臣になるのか・・・」と思いその言葉の意味を深くは考えていませんでした。

そして月日は流れ高校二年生の秋、いよいよ進路について真剣に考えるときを迎えました。小学校の先生という職業は私の中で憧れの職業であることには違いなかったのですが、将来に対して向き合うほどにあの時の恩師の言葉が頭の中で大きくなっていきました。そして自分にとっての“もっとすごいもの”とは何かを考えてみました。

「子どものために」
この気持ちは昔から持ち続けていて、私の将来はここを避けては通れませんでした。なぜならば、子どもは弱い立場にいます。自分では選ぶことの出来ないこと・ものに囲まれています。私はそのような子どもたちに対してより良い道を示してあげること、更には子どもたちの笑顔と将来を守っていくことは大人の使命だと考えていました。

この考えを基に自分の気持ちと向き合うことで結論が出ました。
それは弱い立場の人の力になれる医療人でした。そこから更に追求していくと「歯科医師」に行き着きました。

子どもにとって“歯医者さん”は必要な存在ですが、多くの場合天敵です。その天敵が天敵でなくなれば、そうなることで歯科医院が嫌な場所から行きたい場所になれば、子どもにとってどんなにいいことでしょうか。その子の食や咬み合わせなどから得られる体の健康、会話や笑顔など相手とのコミュニケーションを通じて得られる心の健康は守られます。それらを可能にする歯科医師になることは“もっとすごいもの”なのではないかと思い、歯科医師を目指すこととなりました。

そして勉強の末、長崎大学に入学し、勉強と部活動で充実した6年間を過ごしました。大学時代には多くの素晴らしい人と出会いました。
その中でも私とルタンはうすの出会いに欠かせないのは、歯学バスケットボール部の先輩である松元先生の存在です。私が5年生のとき松元先生は「仕事が毎日楽しい」と本当に楽しそうに話して下さり、6年生のときにはすっかりルタンはうすに興味津々な私を医院見学に誘ってくれました。見学に行って「毎日楽しい」の意味が分かりました。そこには笑顔が溢れていました。「次はいつ行くの?」と保護者に尋ねる子どもがいることも驚きはしたものの納得しました。更に宮川尚之理事長の小児歯科に対する思いを聴かせていただき、ここで働くことが出来れば自分の描いた以上の“もっとすごいもの”になれると確信しました。

最後に、「教育は財産」と教育にだけは惜しむことなくお金をかけてくれた両親、これまで支えてくれた多くの人に感謝しつつ、ここルタンはうすで、より多くのこどもたちの健康を全力で守っていくことを誓います。